古都の早春に燃え立つ世界平和祈念の大聖火
京都北花山第29回 「阿含の星まつり」
春浅い京都に燃え立つ祈りの大法火。一年の幸福と世界の平和を願う「炎(ひ)の祭典 阿含(あごん)の星まつり」神仏両界大柴燈護摩供(しんぶつりょうかいだいさいとうごまく)は二十九回を迎え、今年も二月十一日、阿含宗本山総本殿・釈迦山大菩提寺(京都市山科区北花山大峰)境内地で盛大に営まれた。京都最大の毘盧遮那仏・京都大仏・(高さ七・五メートル)を擁する境内は終日人並みが絶えず、約四十五万人が参拝した。同時多発テロに見舞われたニューヨークはじめ日本の内外から届いた護摩木は三千二百五十万本に達し、式典の大導師を務める阿含宗管長・桐山靖雄(きりやませいゆう)大僧正によって祈りの大聖火に託されたのである。
あまねく人々に春をもたらす炎の祭典
梅の枝先にほんのりと春が兆すころ、京都の東山三十六峰山中深く、浄火が上がる。節分を過ぎた二月十一日、標高二百二十一メートルの北花山大峰に抱かれた約十五万坪の阿含宗本山総本殿・釈迦山大菩提寺(しゃかざんだいぼだいじ)の境内地で営まれる「阿含の星まつり」の浄火である。
午前七時半、晴れ渡った空高く花火が打ち上がり、法螺(ほら)の音(ね)が鳴り響いたかと思うと、式典音楽「阿含の星まつり交響曲・序曲」(作曲・黛敏郎)の壮大なメロディーがにわかに、全山を包んだ。錫杖(しゃくじょう)を持つ奉行先達(ぶぎょうせんだつ)を先頭に、男女六百人の修行者(職員・信徒)からなる山伏行列が日本古来の修験道の伝統を継承し、額に頭襟、身に結袈裟を着け、手には金剛杖を携えた、不動明王の体相を象るといういでたちで進む。行列の中、燃え立つ緋の鈴懸衣(すずかけごろも)、額に金色の頭襟(ときん)の大導師・桐山靖雄管長が際立つ。
山伏行列が目指すのは結界と呼ばれる法会を営む聖域、星まつりの中心である。この結界をL字型の雛壇状に大きく囲むのが参拝通路。ここには式典の始まりを待つ参拝者が鈴なりとなり、その視界を大きく占めるのが中央の二基の護摩壇である。向かって右が仏界壇、先祖供養のための壇で冥徳供養壇(めいとくくようだん)とも言い、左が神界壇、願い事をかなえるための壇で願望成就壇とも言う。ともに高さ七メートル、直径十一メートルの正八角形をなし、青々とした檜葉で覆われている。結界の面積は三千平方メートル、縦五十メートル×横六十メートル、この聖域に築かれた大護摩壇は世界最大規模と聞く。
宗旗を掲げて男女600人の山伏行列が式典の中心地・結界(聖域)へ進み、式典開始を告げる
結界の向こう正面、両護摩壇の奥に祭壇が築かれ、両脇に、真紅の教団の幡(ばん)が立ち並ぶ。祭壇は七段からなる幅十・八メートル、高さ二・一メートルの祭壇の最上段右方には仏教の開祖、釈尊のご聖骨である真正仏舎利尊(しんせいぶっしゃりそん)が銀色のカスケット(仏舎利塔を模した容器)に納めまつられ、左方には神界の主神として招請された素戔嗚命(すさのおのみこと)が降臨される神籬(ひもろぎ)がある。阿含宗は真正仏舎利尊を本尊とする。祭壇中央には、高さ三・一メートルの事の由札(ことのよしふだ)が聳え立ち、「奉修神仏両界柴燈大護摩供」との墨書が読める。
宗旗を掲げて男女600人の山伏行列が式典の中心地・結界(聖域)へ進み、式典開始を告げる
桐山管長が、式典の趣旨を神仏に告げる願文奉読を終え、4本の大松明を九字で浄めると、いよいよ護摩壇への点火。式典はクライマックスへ
結界の四方及び中央に矢を放って浄める法弓作法。同時に全宇宙の魔障退散の意味がある
結界で行なわれる山伏問答。二手に分かれて問答を行ない、護摩供の意義と由来を明らかにする
「阿含の星まつり」の「星」とは運命の星を指す。「星まつり」は、運勢の節目とされる旧暦の年の初めに、柴燈護摩を焚き、生まれながらの運命の星と一年ごとに巡る運命の星を供養して、個人の幸福、世界の繁栄と平和を祈る密教の秘法であるが、これに神仏両界の秘法が加わる。
阿含宗は、一九九三年十月、三重県伊勢市の二団体からの招聘を受けて神宮隣接地の一角で“伊勢神宮第六十一回式年遷宮奉祝・神仏両界大柴燈護摩供”を挙行。桐山管長はこれを機に、神仏習合の思想を汲んで、「神仏両界の秘法を完成させ」たのである。これにより、仏界と神界が新たに結ばれた「神仏冥合(しんぶつみょうごう)」と呼ばれる妙なる境地を現出させる護摩供が成就した。すなわち「神仏両界大柴燈護摩供」、星まつりである。
午前八時。ご神事が始まる。祭壇を前に、左側に斎主・三ヶ本充輝・中山神社宮司(祭神=中山忠光卿=山口県下関市)を始めとする斎主一行、右側に大導師・桐山靖雄管長と深田靖阿・法務局長が座る。拍手(かしわで)が打たれ、斎主による修跋(しゅばつ)、降神の儀、祝詞奏上と続く。阿含宗彌榮神授雅楽部(あごんしゅういやさかしんじゅががくぶ)による舞楽奉納。斎主と大導師による玉串奉奠(たまぐしほうてん)、斎主による真正仏舎利尊拝礼の儀をもって神事終了。神威によって結界が禊ぎ浄められる。
祭典の次第は、山伏の心得と護摩の意義を披露する山伏問答、聖域を浄める種々の伝統的修験道作法、斧、法弓、宝剣の儀と進み、神仏冥合、神威仏徳の浄地が出現する。桐山管長が、式典の意義を神仏の前に顕らかにする願文を奉読する。「世界平和、国土安泰、家運繁栄……」朗々たる声が凛と響く。
「点火!!」四人の山伏修行者が二手に分かれて向き合い、手にした浄火を移した四本の大松明(おおたいまつ)を互いに差し合わせて大導師・桐山管長の前に立つ。
「エイッ!!」桐山管長が大松明に向かって剣を象った右手で祈祷の九字を切るやいなや、四人の山伏修行者は二手に分かれ、二基の大護摩壇を目掛けて駆けた。打ち上げ花火が炸裂し、「大仏讃歌」(作曲・黛敏郎)ののびやかな調べが全山を包む。京都大仏・毘盧遮那仏への頌歌である。一斉に打ち鳴らされる勇壮な阿含宗修験太鼓の響き。小高く連打される小太鼓。カンカンカンと甲高く鳴る当り鉦。諸尊の真言が唱えられ、阿含経読誦が重なる。静の曼荼羅から動の曼荼羅に、結界は一気に変わる。
午前八時五十八分、大松明を差し入れられた両護摩壇から白煙が一気に昇り立つ。やがて火炎は己の意志のままに身を躍らせ、天を突くかと思えば地に潜み、二基の大護摩壇は並び立つ連獅子となって咆哮した。
祈りの継続こそまさしく宗教の原点を示す足跡
阿含宗は、一九七〇年、富士山の裾野の天母台で、教団初の大柴燈護摩供を挙行して以来、三十年以上、世界平和実現のための大柴燈護摩供を国内外で執り行なってきた。一九七七年のパラオ諸島(現ベラウ共和国)コロール島と一九八六年の中国ハルビンでは先の大戦犠牲者の供養と合わせて奉修している。
一九九六年六月には、モンゴルの首都ウランバートル市で奉修。当時、モンゴルは干ばつと大火災に見舞われており、桐山管長はモンゴル政府の要請で阿含宗一行約四百人と共にモンゴルを訪れ、ジャスライ首相(当時)に降雨の祈願を約した。修法中に大雨が降り、数日後、大火災が鎮火したニュースが世界を駆けめぐった。一九九八年十月に台湾の嘉義市で営んだ護摩供では奉修直後、台風十号が台湾全土を襲い、多大な被害を与えたにもかかわらず、修法地の嘉義市は唯一被害がなかった。現地からは市の無事を法要のお陰に求める驚嘆の声が上がった。一九九九年三月には、インド政府筋からの急遽の要請により釈迦生誕の聖地インドにおいて「印度聖地大柴燈護摩供」を営んでいる。
そして、新世紀へと向かう二〇〇〇年、満を持して世界の中心ニューヨークで護摩法要と講演を催し、仏陀が残した智慧による救済の教えとその実践方法を説いた。これはニューヨーク・タイムズ紙の注目するところとなり、「世界の宗教の十字路に立つ」として世界的宗教交流に貢献するものと評価された。
だが、翌年、テロは起こり、ほどなくして営まれた法要は、テロ犠牲者への追悼となった。癒しを求めるニューヨーカーが宗教を問わず会場に詰め掛け、約五千人の来場者の半数が会場に入りきれなかった。中には、法要終了まで会場の外で祈りを捧げた一団もあった。
祈りの心を表出させた人々。その姿を前にして桐山管長は再認識させられた。集約された個々の祈りの力は継続されてこそ、現実を動かす力となる。祈る場を作り、祈りを集めること、そこに改めて現代における宗教の存在価値を見出した桐山管長は、標榜する活動理念「宗教運動から社会運動へ」をもって宗教融和による世界平和を目指す決意を新たにしたという。
桐山管長はロンドン大学SOAS(東洋アフリカ研究学院)の最高名誉学位である名誉フェローシップを受け、授与式が行なわれた
新登場のAGONパビリオン。DVD視聴コーナーや大型スクリーンはじめ最新のメディアを駆使してさまざまな阿含宗の情報を発信した
「阿含の星まつり」はこの実践活動の柱であるが、社会運動という視点から阿含宗は教育・福祉・医療・文化の分野での実践もさかんである。イタリア・モンゴル・スリランカなどにおける学生援助のプログラムの継続はもちろんのこと、中国の北京大学・中山大学に教師支援の基金や小学校設立基金を設置し、スリランカでは職業訓練校がまもなく開校の運びとなる。さらに日中両国で囲碁の大会を後援している。
桐山管長は、現在、国立モンゴル大学学術名誉教授、タイ国立タマサート大学ジャーナリズム・マスコミュニケーション学名誉博士、中国の北京・中山・佛学院(仏教大学)の名誉教授を務め、このほどロンドン大学SOAS(東洋アフリカ研究学院)から学術研究への貢献と仏教研究への援助の功績で最高名誉学位である名誉フェローシップを授与された。日本人として二人目とのことだ。
しかし、桐山管長はあくまで、人々が祈りの心を取り戻し、釈迦本来の智慧の教えが現代に活かされることを願うのみである。その表れの一つがDVD本『実践般若心経瞑想法』(平河出版社刊)の出版である。一九九四年に著した『般若心経瞑想法』を映像で表現したものであり、仏教の真髄を説き明かす般若心経を読む経典から体験する経典に変えて世に問うている。
個人の幸せがあってこそ社会の安穏・国家の繁栄となる。そのためにも、仏の智慧と慈悲に触れて幸せを得ていただきたい。その切なる願いを込めて、桐山管長はこの日、四度、式台に立ち、参拝通路を埋める参拝者に向かって吉運招来の大導師秘密九字を切った。
祈りの力への確信世界平和の礎を示す星まつり
穏やかな残照が暮れなずむ結界を包む。巨大な熾火と化した大護摩壇を見つめる人影が二つあった。二人はニューヨークから来ていた。点火後まもなく立ち昇った白煙が参拝通路を襲ってもその場を離れなかった。「煙が自分に襲いかかった瞬間、まっさきに、ああ、世界貿易センタービルで亡くなった人たちは煙に巻き込まれて、こんな思いをしたんだと思った。だから、離れちゃいけないと」。テロ発生後、二週間ほどは、グラウンド・ゼロ対岸のブルックリンでも窓を開ければ硝煙臭が漂ってきたほどの凄惨を極めた惨事。二人はその中に逝った者との思いをともにし、明日の道標を見出そうとしていた。そういえば、この護摩壇には、ニューヨークの護摩法要で現地の人々が書いた護摩木も寄せられていたのだ。 ニューヨーク・タイムズ紙は一昨年に引き続き、昨年も阿含宗のニューヨーク護摩法要と講演を取り上げ、護摩法要の眼目を「生ける者にも死せる者にも平安をもたらす」と紹介した。死者は己のために祈ることはできない。死者の安寧も生者の祈りの中に導かれる。祈ることは人として生まれた者に与えられた神仏の恩寵と言えまいか。
この日焚き上げられた護摩木は3250万本。当日、持参の護摩木もすぐに護摩壇に投じられた
「祈りは人を浄めます。祈りは人を高めます。祈りによって仏を動かし、祈りによって人を動かし、祈りによって天地を動かして、世界平和を実現せねばならぬと考えております」一九八四年五月、東京・武道館でダライ・ラマ法王を迎えて催された「オーラの祭典」で発露した桐山管長の信念である。
浄められた心からは平和が生まれ、高まった心からは希望が生まれる。人類の歴史が破壊と創造の繰り返しによって創成されるとするならば、宗教は、祈りの力がもたらす浄化と飛翔によって人類を導いてきたのである。
祈りの力に目覚めること、それが宗教の原点であると洞徹する桐山管長。人と生まれてきたからには、いかなる形であれ、その力に触れ、活かしてほしい。世界の平和実現も祈る心から始まる。浄火に向かい無心に手を合わせる人々からは、祈る力が素直に伝わってきた。
