神仏両界大柴燈護摩供について
「阿含の星まつり」は、第21回目より、神界壇・仏界壇の二つの壇をもってお焚きあげする「神仏両界大柴燈護摩供」となりましたが、なぜ、神仏両界大柴燈護摩供を修するのか? また、通常は、一つの壇で焚かれる大柴燈護摩を、阿含宗では、なぜ、二つの壇でお焚きあげするのか? をここでご紹介いたします。
神界壇
金剛界 願望成就壇
仏界壇
胎蔵界 冥徳供養壇
金・胎両壇の護摩を焚く
山嶽密教の開祖、役ノ小角(おずぬ)、あるいは理源大師聖宝以来、大柴燈護摩は、金剛界、あるいは胎蔵界、あるいは金(こん)・胎(たい)不二の、一つの壇で焚くことになっています。二つの壇をきずいて焚くということはかってありませんでした。阿含宗においてもその通りで、金剛界壇をもって、息災・宝生の護摩を焚いてきました。それを、昭和56年度の大柴燈護摩において、いままでの金剛界壇のほかに、もう一つ、胎蔵界の壇をきずいて、二つの壇をならべて焚くことになったのです。
どうして、そのような事になったのか?
じつは、前年、昭和55年の大柴燈護摩で、桐山靖雄管長は、修法をはじめてまもなく、非常な衝撃を受けたのです。
それは、はじめて経験する、四方八方からおしよせてくるすさまじい不成仏霊の群だったのです。
なぜ、そのようなことが起きたのか?
昭和53年八千人、54年二万人、というそれまでの参拝者は、そのほとんどが特種の「解脱成仏法」を修しているわが教団の信徒・会員だったのですが、この年は五万人という参拝者で、その半数は、信徒ではありませんでした。その信徒ではないひとびとが、不成仏霊をともなっていたのです。すると、今後もひきつづきこういう現象が起きるにちがいなく、このつぎからは、べつに解脱成仏壇をきずいて、これらの不成仏霊を供養し、成仏法を修しなければならぬと桐山靖雄管長は考えました。
しかし、当時使える敷地は、わずか七千坪であり、翌年の参拝者数の予想を考えると、一万五千坪の境内でもせまいくらいです。しかも、境内拡張の開発造成許可の見込みは、まったく立っていませんでした。
どうやって、両壇護摩が焚けるのか?
そこで、桐山靖雄管長は、この年の八月の例祭の修法で、このことについて御霊示を仰ぎました。
まず、来年の大柴燈護摩をどうするか。例年通り修すべきか、中止すべきか。
つぎに、もし修するとすれば、どうしても、不成仏霊の解脱供養をあわせ修さなければ、参拝したひとびとにいくら宝生護摩を焚いて福徳をさずけてあげても、霊障の不成仏霊をかかえていたのでは、その福徳は大幅に消えてしまいます。いや、なによりも、迷い苦しんで救いを求めている不成仏霊たちを、そのままにしておくことはできません。どうしても、解脱供養の胎蔵壇をきずいて、成仏法を修さねばならないが、いかなる先師がたもいまだかって修したことのないこの法を修して、はたして越法(おっぽう)になるようなことはないか、また、現状で両壇護摩が焚けるかどうか、あわせて以上のことを、管長はお伺いしたのです。
御霊示がさがりました。
「来年、金・胎両壇の護摩を焚くべし」
来年、両壇護摩を焚くべし、という御霊示がさがったからには、どうしても敷地が拡大されていなければなりません。
だが----、ほんとうにそれが実現するのか?
11月1日出発のインド仏跡巡拝の旅をひかえて、出発前に開発造成工事の請負業者を決めておかねばなりません。しかし、その許可がいつおりるか、おりるかどうかもまだ決まっていなかったのです。
桐山靖雄管長は意を決して、未来予知の定(じょう)に入りました。
昭和56年2月8日、京都東山・花山の総本山道場建立地で、どういう状態で大柴燈護摩が焚かれているか、それを見ようとしたのです。
「‥‥晴天、結界の中に大きな二つの壇が組まれ、すみきった青い空に、もうもうたる煙とともに、丈余の火炎が炎々と燃えあがっている。両壇護摩はみごとに焚かれている。‥‥境内を埋めつくした人の波、その境内地はまさに二倍の広さに拡張されている‥‥。」 (『一九九九年カルマと霊障からの脱出』より)
管長は、業者を選定し、契約しました。
こうして、密教はじまって以来の両壇護摩が、「節分・星まつり宝生解脱大柴燈護摩供」として、厳粛かつ盛大に奉修され、法を慕って全国から集った善男善女約二十万人となりました。
神仏両界大柴燈護摩供
平成6年2月11日、第21回阿含の星まつりから、なぜ、神仏両界大柴燈護摩供となったのか? この年の星まつり会場で行われた、桐山靖雄管長の記者会見での質問と答えをご紹介いたします。
神仏両界大柴燈護摩供と宗教融和との係わり、伊勢神宮奉祝護摩供では天照大御神を祀り、今回、素佐速男命をお祀りしている理由
「神仏両界のことは、十年前に書物にも著しました。わたくしは仏教を信奉しておりますが、日本人として神国の民であるという気持ちから、神界のいろいろな神秘さに惹かれて修行してまいりました。その後、この修行の成果を表に出すことなくきましたが、ようやく機が熟したと感じまして、神界と仏界の秘法を結合した、神仏両界の秘法を完成させました。四年前の平成二年、初めて神仏両界のお護摩を大阪府下の柏原聖地で焚きあげました。そのとき、わたくし自身非常に感銘するところがあり、参拝した信徒も大きな感動を受け、神仏両界の秘法を世に出していかなければと考えておりました。
その矢先、昨年十月、伊勢神宮第六十一回式年遷宮奉祝・神仏両界大柴燈護摩供のご招聘を受け、これはいよいよ神神がご所望のことだと、宗教家として深く感じ、本年度から星まつりを神仏両界の秘法で奉修しようと決意いたしました。
式年遷宮は天照大御神が主神でございますから、伊勢ではお祀りいたしました。わたくしは、天照大御神は国開きの神さま、素佐速男命は国創りの神さまと存じております。このたび、主神に素佐速男命をご招来したのは、日本が二十一世紀を前にして大きな危難に差しかかり、新たな世界創り、国創りに苦労している折り、国創りの神さまである素佐速男命をお祀りして、国民のみなさまが精進・努力されるよう祈りまして、ご奉安した次第です」
※平成5年10月24日「伊勢神宮第六十一回式年遷宮奉祝・神仏両界大柴燈護摩供」は、「遷宮伊勢の会」「平成お伊勢参り実行委員会」両団体のご招聘により、伊勢市横輪町御神域隣接地において奉修されました。

