阿含宗修験とは

「写真集 阿含の星まつり」より

釈尊が阿含(アーガマ)において説かれた成仏法「七科三十七道品」を、密教の様式で修行することこそ、最高の仏教であるとわたくしは確信し、これを実践している。 なぜ、最高の仏教というのか? 仏教の歴史のなかで、密教は最後に登場した。そのゆえに、様式的には最高の発展をみた。釈尊の説かれた仏法の眞髄(しんずい)をこの密教の様式で修行することこそ、最高度に完成された仏教であるというべきではなかろうか。 ところで、その密教であるが、日本の密教は、貴族仏教の流れであり、宮廷仏教の末裔(まつえい)である。そのために、あまりにも様式化し、原初的(げんしょてき)、根元的(こんげんてき)な生命躍動の力を失ってしまった憾(かん)がある。 役(えん)の小角(おづの)、理源大師聖宝に端(たん)を発した山岳密教・修験道に、わずかに密教本来のすがたを見る。 修験道はもとより釈尊直説の仏法ではない。しかし、山に伏(ふ)し、野に伏し、雨に打たれ、風に吹かれ、氷雪(ひょうせつ)をしのぐ大自然の中の鍛錬(たんれん)なくして、釈尊直説の仏法の修行はできない。 天(あま)さかる日輪に龍飛(りょうひ)し 巌頭(がんとう)にかかる皎々(こうこう)たる残月に虎嘯(こしゅく)し きらめく銀河の流れに宇宙を瞑想する これ、わが阿含宗修験の神髄(しんずい)である。

昭和甲子歳十月
阿含宗管長 桐山靖雄 しるす

 
 

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