1983年~1985年
1983年(昭和58年)3月:関西総本部道場竣工
関西総本部道場竣工。京都市東山区、平安神宮隣。
ダライ・ラマ法王庁より真正仏舎利を拝受。

1983年(昭和58年)5月:「阿含宗大仏讃歌」(黛敏郎氏作曲)の発表演奏会

京都の阿含宗本山に建立された花山霊廟の屋上庭園に鎮座される阿含宗京都大仏様のための井沢満氏作詩、黛敏郎氏作曲による讃歌の発表演奏会を、大阪、ザ・シンフォニーホールにて行う。
1983年(昭和58年)8月:
チベット仏教ニンマ派僧位・法号「一切万霊守護金剛」を拝受
チベット仏教ニンマ派座主ミンリン・ティチン・リンポチェによる戴冠式挙行。〔京都・関西総本部〕
僧位・法号「一切万霊守護金剛」を拝受し、チベット人以外で初めて、ラマとしてチベット仏教の一番由緒正しい法脈を受け継ぐことになる。
法号「一切万霊守護金剛」は、あらゆる霊的存在の守護者という意味で、これは戴冠式の早暁、ミンリン・ティチン・リンポチェが霊示によって得たもの。


1984年(昭和59年)5月:第14世ダライ・ラマ法王猊下と共に「オーラの祭典」
東京・武道館において、
管長と第14世ダライ・ラマ法王猊下が共に護摩修法により、世界平和を祈念する「オーラの祭典」を挙行。
祈りは人を清めます
祈りは人を高めます
祈りによって仏を動かし
祈りによって神を動かし
祈りによって天地を動かして
世界平和を実現せねばならぬ
(1984年5月12日/「オーラの祭典」での管長の言葉)

1985年(昭和60年)3月:
バチカンに招待され、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世に謁見
ローマンカトリックの総本山・バチカン市国での「国際青年平和集会」に招待を受け参加。バチカン市国使節団400人。
この招待を受けたのは、日本の教団では阿含宗のみ。
阿含宗がえらばれた理由は、仏教において、キリスト教の聖書に当たる阿含経を捧持している日本の仏教教団は、阿含宗ただ一つなので、日本における最も伝統的なブッディストの集団であると評価されたというもの。(阿含経=仏陀が生きておられたときなにを語り、どういう行動をされたか、それを記録したただ一つの経典。これ以外はすべて後世に、釈尊のお名前だけ借りて創作)
管長は、サン・ピエトロ大聖堂特別謁見室で、ローマ教皇ヨハネ・パウロII世に謁見。
バチカン史上初めて、由緒あるサン・クレメンテ大教会で、キリスト教と仏教の合同法要を営む。
サン・ピエトロ大聖堂とサン・クレメンテ大教会で、荒野にとどろきわたる預言者の声「火の洗礼をせよ! 火のミサをせよ!」を聞く。
※写真一番上=サン・ピエトロ広場
※写真二番目=大聖堂特別謁見室で
※写真三番目=サン・クレメンテ大教会での合同法要
※写真四番目=世界平和の火の洗礼・大柴燈護摩供

1985年(昭和60年)7月:
FAO(国連食料農業機関)のアフリカ飢餓救援基金に寄付
スーダン共和国のコルドファン地方に「阿含の井戸」寄付。


1985年(昭和60年)10月:
広島平和公園で、日本仏教史上初めて阿含経が読誦される

