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祈ればかならず道がひらく

 

阿含宗管長桐山靖雄

今回のモンゴル法要旅行で、つよい感銘をうけた言葉が一つある。
それは、六月五日のパーティにおける、エンカバヤール文化相のスピーチの一節である。
それは、つぎのようなものであった。

「本日、法要に出席して、人間の祈りがいかに偉大な力を持つものか、目(ま)のあたりに見て、心から感動しています」

この言葉は、私に強い衝撃をあたえた。
祈り!
いまの日本人が、忘れつつあるものではないか。
祈りの心を失った人間は、もはや人間ではない。たんなる動物に過ぎない。人間が人間であるための最後の拠点がここにある。
オウム真理教の事件以来、宗教は圧殺されつつある。
オウム真理教をタテにとって、えたり賢(かしこ)しとばかりに宗教を非難し、宗教を叩くことが潮流のようである。
それでよいのか?
宗教心が失われて、祈りの心がなくなった世界を想像してみよう。
判断力の未熟な子供たちや若者たちが、どういう影響をうけつつあるか?
まことに寒心にたえない。
今こそ、宗教はその力を発揮して、人心を新たにしなければならぬ時である。
本書、
『祈りは天地を動かす--モンゴルの奇蹟』坂田芳男=編著 =
は、旱魃と山火事に苦しむモンゴルで、祈りによって奇蹟(と現地の人たちはよぶ)をあらわした聖者集団の記録である。
本書によってエンカバヤール文化相のように、祈りがどれほど偉大な力を持つものか、再認識していただければなによりである。
さいごに、自分のために祈るときは、かならず、他の人のためにも祈ることである。そうしなければ、祈りは効かないような気がする。
(『祈りは天地を動かす』序文より)

 

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