モンゴル国立十一面観音 開眼法要・世界平和 大柴燈護摩供
旱ばつと大火事に苦しむ乾期のモンゴルで、三日のちに雨を降らせると約束しその通りに雨を降らせ、大火事を五日間で消し止めた
1996年6月5日、モンゴル国の首都ウランバートル市にある同国仏教界の中心ガンダン寺境内の観音堂前において、真正仏舎利を奉安し、「モンゴル国立十一面観音開眼法要・世界平和祈念大柴燈護摩供」を奉修。
再建中の十一面観音
ガンダン寺観音堂
完成予定像
今回の大柴燈護摩供では、モンゴル国立十一面観音の開眼法要とともに、旱魃と2月末からの大火事に苦しむモンゴルの人々のために、雨を降らせることを祈念。乾期のモンゴルにおいて、いますぐ雨が降っても、鎮火には一ヶ月はかかるだろうと言われていた大火事が五日間で鎮火し、6月10日にはモンゴルの大火鎮火のニュースが世界に流れました。

ガンダン寺観音堂前での大柴燈護摩供
-『阿含仏教 超奇蹟の秘密』(平河出版社)より-
当時、モンゴルでは、昨年末からほとんど雨が降らず、大旱魃(だいかんばつ)におちいっていた。そこへ、二月から、山火事、草原の火事が各地で起こりはじめ、五月には、北海道と四国を合わせたほどの面積が焼失し、なおも延焼中、という状況であった。
国境を越えて、中国領内にもかなりの被害が出ていたようであった。
七月に入らなければ本格的な雨期にならず、この大火災を消すほどの降雨は望めなかった。また、降ったとしても、鎮火には最低一ヶ月はかかるだろうと報道され、周辺の諸国から憂慮されていた。
六月三日、首相官邸を表敬訪問した私は、沈痛な面持(おもも)ちで、雨が降らぬので困ると話されるジャスライ首相に、
「二日のちにおこなわれる国立十一面観音の開眼法要に降雨を祈るから、きっと雨が降りますよ」
「といった。ごく自然にその言葉が口から出たのである。べつになんの意気ごみも、気張りもなかった。気の毒だなあ、と思うと同時に、よし、雨を降らせてあげよう。という気持ちになったのである。私が祈れば、かならず雨が降る。そういう確信があった。
「火事はかならず消えますよ」
「帰りぎわに、そうつけくわえた。
その夜、深更、私は、ホテルの一室に籠もり、ひとり「定(じょう)」に入った。法要の当日まで、およそ三十分ずつ、つづけるのである。法力集中のためである。
その翌日から、定に入っていると、「法」が動き出していることを感じた。実際に、草原のかなたに、厚い雲が集まりはじめたのである。
六月五日、法要当日、未明に雷鳴とどろき、豪雨が大地を叩いた。つづいて、各地に大豪雨が降りつづき、五日のち、日本の国土の四倍以上ある全モンゴル、二百数十カ所の大火災がすべて完全消火した。
私のモンゴル訪問は、前年の十一月に決定し、すべてのスケジュールが組まれていたのである。スケジュールになかったのは、雨を降らせることだけだったのだ。
「どうして、この「奇蹟」が現出したのか?
「仏陀直説の経典、阿含経に記されている「成仏法」修行の結果である。それ以外に、なにもない。そして、ここで、特筆しておかなければならないことは、十数年以上のむかしから、私は、仏陀の「法」が、人に、奇蹟を起こす力をあたえるということを、口が酸(す)っぱくなるほどいいつづけてきたということである。そのことをテーマに、何冊もの本を書いてきた。
だから、この「奇蹟」は、けっして偶然に起きたことではない、ということである。私が、平然と、なんの気負いもなく、ジャスライ首相に、
「「雨は降りますよ」
「「火事は消えますよ」
「といった背景には、それがあったのである。私にはその力がある! ごくあたりまえのことで、いまさら意気ごむことなどなかったのである。
-以上、桐山靖雄著『阿含仏教 超奇蹟の秘密』(平河出版社)より-
未曾有の大火に苦しむ乾期のモンゴルに、護摩法要で雨を降らせますと約束

つづいて行われた学位授与記念講演会において、桐山靖雄管長は、「世界平和への構想」と題して、仏教の中道思想と釈尊がお説きになられた「七科三十七道品(成仏法)」の智慧の実践こそ、未来社会の自由と平等と繁栄の調和であると説き、これらの模様は、この夜、地元ウランバートル・テレビのニュースや、翌日の全国紙の朝刊で報じられました。
なお、当日の夜、モンゴル側の主催で行われた歓迎レセプションにおいて、エンカバヤール文化大臣から桐山靖雄管長へ、モンゴル国立十一面観音菩薩像の再建基金への感謝状と、十一面観音が描かれたタンカ(仏画)が贈呈されました。
世界平和とモンゴルの雨を祈る管長
モンゴル国営テレビニュースで放映
護摩木に祈願を書く人々
