念力の護摩

1954年~1975年にもどる
 

「念力の護摩法」とは、密教の最極秘伝とされ、生の薪(まき)に念力で火を生じ、その火で護摩法をおこなうものです。

護摩とは、梵語(ぼんご)で「火」をあらわし、法によって火を焚(た)き、人の煩悩迷妄(ぼんのうめいもう)を焼きつくし、迷いをさとりに転換する密教独特の修法であり、普通の護摩は、灯明の火からつけ木に火をうつし、その火で壇木(だんぼく)という生の薪に点火します。

これに対し、念力の護摩の場合は、人工の火をいっさい用いません。壇木を積んだ炉から一メートルあまり離れて、いくら手をのばしてもとどかぬ距離から、導師が、念力だけで火をつけます。密教最高の難行とされ、日本密教の開祖、弘法大師空海以来、現在に到るまで、これをなしとげた密教の阿闍梨(あじゃり)は、五指にみたぬとつたえられています。

 

桐山靖雄管長は、昭和45年1月3日、4日、5日の三日間、公開の場で、念力の護摩を焚き、延べ数千人の人が念力の火に接しました。参会の人たちは、自由に壇上の様子を見ることができ、導師(桐山靖雄管長)と、ものの二メートルとはなれぬところに膝を接して座をつらねるという席上において、みごとに焚きあげることができたのです。

※当時の機関誌「大白身」に、参会者数十人の実見談が集録

この護摩を修すると、火焔の中に必ず仏が出現すると口伝につたえられているとおり、以来、護摩修法中に、仏が、お護摩の炎でもって身を荘厳(しょうごん)され降臨現形されるようになったのです。

また、桐山靖雄管長は、念力で火を出して焚くという難行中の難行であるこのお護摩を焚くことができたのは、守護神として私についていてくださっている火龍さま(難陀龍王)のおかげであるといっております。

 

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