バチカンは知っていた

ここで少し、余談をしよう。
さきにわたくしは、キリスト教の人たちが、日本の仏教ぜんたいを偶像崇拝の低劣な宗教と見なすのは心外である、といったが、じつは、そうではないのである。
カソリックの総本山、バチカンのかたがたは、阿含宗だけはそうでないことを、とうにご存じだったのである。
バチカンのかたがたは、すぐれた学識を持たれたかたが多く、じつに深く勉強をされている。
わたくしが先年、バチカンを訪問したとき、お会いしたかたがたは、ほとんど、二つ、三つの学位をお持ちであった。
仏教も、日本の坊さんのように(じつは、わたくしもそうだが)漢訳の経典ではなく、サンスクリット、パーリー語、マガダ語などで、原典を読んで研究しておられる。
だから、仏陀の教説は、阿含経(アーガマ)にのみ記されており、それ以外の経典---大乗経典は創作された偽りの経典であることを、よくご存知なのである。
バチカン訪問の際、バチカンの神父さんが、わたくしにこう話された。

「キリスト教は、聖書をよりどころとしています。聖書信仰です。なぜならば、聖書にのみ、イエス・キリストの言行が記されているからです。仏教にこれを求めるとしたら、阿含経(アーガマ)ですね。阿含経にのみ、シャカの言行が記されています。わたくしたちは、日本の仏教の中で、阿含宗だけが、阿含経をよりどころとしていることをよく知っています」

と。
この神父さんは、阿含経のことだけを口にされたが、それだけではなく、阿含宗が、偶像をおまつりしておらず、実在の仏を本尊としておまつりしている宗教であることを、十分ご存じだったはずである。なぜならば、阿含経を依経として修行している以上、その本尊は、ゴータマ・ブッダ・シャカであること位、口にするまでもないことだからである。

---それだからこそ、
とわたくしは思うのだ。

1985年3月31日、パームサンデーの当日、あの、やんごとない、ローマ法皇聖下が、サン・ピエトロ寺院の広場に於て、30万人のキリスト教徒の前で、異教徒のリーダーであるわたくしに、みずから歩み寄られ、握手を賜るという、いまだかってない優遇をされたのだ、と。

これは、法皇庁1000年の歴史に、空前絶後、いまだかってない出来ごとなのである。わたくしは、思う。阿含宗は小さな教団であるが、カソリックは、真実の仏教の代表教団として遇してくださったのである、と。

これを接点として、阿含宗はカソリックと手をたずさえて、世界平和の実現のために、努力をしているのである。

 
 

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